レポート:1月8日講演会「北欧における現象学の展開」
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新年明けて間もない2017年1月9日、日曜日にもかかわらず、30名前後の参加者を得て、北欧の現象学についての講演会を開催した。今回お招きした浜渦辰二先生が代表を務める科研費基盤(B)「北欧現象学者との共同研究に基づく傷つきやすさと有限性の現象学」との共催である。
まず、池田氏が自身の近年の研究を振り返りながら、北欧の現象学において、従来別々の流れで研究されていたフェミニズムと医療の問題が合流し、顕著な成果をあげていることを報告した。池田氏は、Feminist Phenomenology and Medicine の編者であるKristin Zeiler氏やLisa Folkmarson Käll氏らの業績に触れながら、社会構築主義のアプローチではとらえきれない事象について、北欧の現象学が積極的にことばを与えてきたことを紹介した。例えば、疾病や障害で、明らかに性差による現象の違いが生じる場合などがその事象にあたる。規範化を免れる身体に着目すること、そこであらためて個々の生と規範との関係が問い直されること、これらが北欧現象学の大きな特徴だと言えよう。
浜渦氏も、現在進行中の御自身の取り組みについて、これまでの展開を追いながら、報告された。浜渦氏は、まず北欧社会の特徴について、環境保護や福祉の面で、先進的な取り組みをしている国々であることを踏まえて、自立とともに連帯・共生の思考が根づいている社会だと指摘する。例えば、医療において患者の自己決定が尊重されるが、それとともに在宅での治療が好んで選択される。それは患者が自宅にいても孤独にならず、周囲の世界との交流が保たれているからである。浜渦氏は、こうした実践に「共同体内存在」という用語を与えて、積極的に評価する。自身が主導される共同研究を進める上で、Karin Dahlberg氏、Sara Heinämaa氏、そして上述のKäll氏らとの出会いが大きかったと浜渦氏は述べられ、今後も、生老病死の問題について、医学的アプローチや社会学的アプローチでは届かない、当事者の視点に立った研究を、哲学的に深めるかたちで進めてゆきたいということであった。
会場からは、Vulnerabilityの訳語としての「傷つきやすさ」の適否についてや、北欧社会に潜む管理的権力の評価について、質問が寄せられた。より具体的な議論に入るには、今後浜渦氏の科研で企画されている研究会などに足を運ぶに越したことはないが、私のような非専門家にとっては、今回のシンポジウムは、北欧の現象学の現在を一覧するきわめて貴重な機会であった。(文責:志野)