7月31日レポート:シンポジウム「リズム」
Report
7月31日、姜丹丹氏、村上靖彦氏、小倉拓也氏をゲストに迎え、「リズム」と題したシンポジウムを開催した。
メイン・テーマは「リズム」であったが、各セクションのタイトルが示すとおり、今回のシンポジウムの大きな目的は、フランスの哲学者アンリ・マルディネ(1912-2013)の思想を紹介・再検討することにあった。2009年の時点で、村上靖彦氏は、マルディネの文章(翻訳は塩飽耕規氏)についての解題で、「10年ほど前、フランスで提出されるすべての哲学系の博士論文でマルディネが引用されているという冗談があった」ことを紹介しているが(『現代思想』十二月臨時増刊号総特集=フッサール、vol.37-16)、その後もフランスではマルディネをテーマとするコロックが何度も行われ、彼の主要著作も大手出版社のCerfから再刊されるなど、そのブームはなおも継続していると言えるだろう。今回のシンポジウムは、マルディネを集中的に論じるシンポジウムとしては、日本ではおそらく最初となる試みであった。
まずイントロダクションとして、合田正人がリズムをめぐる思考を、18世紀のルソーやビシャ、19世紀のラヴェッソン、ルヌヴィエなどに遡りつつ、L. クラーゲスの『リズムの本質』、G.バシュラールの『持続の弁証法』における「リズム分析」、そしてレヴィナスの論文「il y a」における「リズムの欠如からなるリズム」という表現、レヴィナスとマルディネとの関わりなどを紹介した。話題は多岐にのぼり、他にもニーチェにおけるリズムの断絶の問題、メルロ=ポンティにおける「存在の呼吸」という着想、また吉本隆明による時枝誠記の韻律論批判などがとりあげられ、リズム論の広い射程が示された。
姜丹丹氏は、マルディネのリズム論を再構成しながら、「感覚」「パトス」「超受容性trans-passibilité」といった概念との連関を論じ、そのリズム論を、志向性とは異なる「開かれ」の地平、別のコミュニケーションの可能性を開くものとして評価した。議論の過程では、マルディネ自身が引用する中国の美学論、たとえば林語堂による蘇軾評価、郭熙の画論などが紹介され、それらの背後にある荘子の思想とマルディネの思想との親和性が指摘された。地域を越えるという意味でも、分野を超えるという意味でも、マルディネは、まさに「現象学の異境的展開」でとりあげるにふさわしい人物であることを印象づける発表であった。全体討議では、マルディネが参照しているF. ジュリアンの議論との関係で、そのオリエンタリズムについての質問などがあったが、私の通訳能力や時間の問題で、議論を深められなかったのが残念である。
(左:姜丹丹氏、右:志野)
村上靖彦氏は、御自身による看護師への聞き取り調査の事例をもとに、マルディネの思想を批判的に検討しつつ、出来事に向き合う場がどのように構成されるのかを論じた。途方に暮れ、理解を拒むようなカオスとも言うべき状況に直面した際、状況を全体として変容させる実践によってそこに形を与えることができる。マルディネによれば、このカオスから形への変容を支えるプラットフォームがリズムである。また、カントの崇高論を、マルディネがカオスから世界を立ち上げる発生論へと読み替えているという指摘がなされ、さらにそれを実践的に読み替えることで村上氏はマルディネの議論を医療現場の研究に活かそうとする。こうした文脈において、「超受容性」とは、カオスから形を作る作業において、行為・語りを可能にするような「そこ」という基準点を作り出すことだとされる。マルディネが全体を構成する調和のとれたリズムを考えているのに対し、村上氏自身は状況の構成するリズムの背後にさまざまなリズム、ポリリズムが働いていると考えていると語られていたのが印象的であった。
(左:合田、右:村上靖彦氏)
小倉拓也氏と村上靖彦氏、そして合田正人の三人で行われたトーク・セッションでは、まず小倉氏によるマルディネの略歴紹介があり、第二次大戦時の捕虜体験などに焦点が当てられた。また、マルディネの思想史的位置づけをめぐって議論が交わされ、とりわけドゥルーズとの密接な関係や、メルロ=ポンティとの互いに言及し合わない交錯関係などが話題にのぼった。これらの議論は、これからのマルディネ研究における複数の参照軸を提供するものであった。また、全体討議では、会場からの質問も踏まえ、アガンベンの用いる「開かれ」概念との関係や、「trans-passibilité」という概念の含意について、「超受容性」という訳語の可否も含めて議論が交わされた。
(小倉拓也氏)
マルディネという、まだそれほど日本で知られていない思想家をとりあげたことで、今回はどのくらいの方が聞きに来ていただけるのか不安も覚えていたが、用意した配布物がなくなるほど多数の来場者にお越しいただき、盛況のうちに幕を閉じることができた。今後の日本におけるマルディネ研究の展開に一役買えたならば幸いである。
(文責:志野, 写真協力:Victor Vuilleumier)